音響監督 田中 亮さんインタビュー
見た人が自然と笑顔になってほしいアニメ
空気感がすごく好きです。「流れ星の民の姫」というようなところにフックがありつつ、それはひとつのきっかけでしかなくて、人間模様や恋愛模様を丁寧に描いている。メインのキャラクターたちがいる日常の空間を大事にしている作品だなと思います。
アニメを制作しながらあらためて感じていたのは、制作スタッフにとって「同じ方向を向ける作品」ということです。原作をアニメにしていく中で、みんなそれぞれ「ここが見せ場だ」という思いを持つもので、作品によってはそれらがズレるときがあるんですね。でも本作は、スタッフがみんな同じ方向で考えることができました。
音響監督は、アニメのストーリー部分で使われている音や声全般に関する責任者です。
一番わかりやすいのが「アフレコ」ですかね。役者さんのお芝居に対して演出(演技ディレクション)をつけていきます。作品全体のトーンや雰囲気も考えて、監督はじめスタッフと話し合いながら収録していきます。僕自身の考えだけではなく、監督やプロデューサーの考えを役者に伝わりやすいような形にすることも重要なので、「翻訳家」のような側面もあるなと思っています。
1クール作品では、およそ30〜40曲を打ち合わせしながら音楽家さんに作曲してもらうのですが、出来上がった音楽を「このタイミングでこれをかけよう」という感じで決めていく音楽ラインと言われるものも制作しています。因みに音楽ラインは作品によっては監督さんがやったり、別の担当者さんが作っていたりする場合もありますね。
最終的にはダビングと呼ばれる作業で、いろいろな加工やエフェクトを指示して全体のバランスをとりながら作品を作っていく仕事です。
ひとりのキャラクターのセリフに対して、相手のキャラクターの感情が、つながるようなお芝居をしてもらうことですね。「こういうことを言われたから照れている」とか、「こういう風に言われたから心配した」というように、独立したセリフのお芝居ではなく流れの中で会話が成立すること、さっと流されてしまう一言が流されないことが重要な作品だと僕は思っていました。
すごく感覚的な話なのでうまく説明できるか自信がないんですが……(笑)、この作品のセリフでは、細かく気持ちのアクセルとブレーキが踏まれているという印象があって。例えば、全体で見ると強い好きを伝えるセリフがあった場合には、最初は強く走り出すけど、その言葉に対する相手の反応を見て途中で自分に言い聞かせるように抑えて、最後に「でもやっぱり言いたい!」と向かっていくような細かい感情の動きを汲み取ったお芝居になることを目指していきました。
木村監督とは初めてご一緒したんですが、さっきもお話ししたように、この作品では自然と同じ方向で制作できているなと思います。こういった感覚的な役者さんへの演出も、監督の方を確認すると「うんうん」とうなずいている……という雰囲気での収録でした。
それぞれ自分の経験の中に響きあうものがあって、みんな「素の自分」が出る瞬間がある現場だったんじゃないかなと思います。よかったのは、コロナ禍によって個々での収録が増えている中、久我家としおりのメイン4人はほぼ一緒に収録できたこと。相手の芝居を見て相手の感情に乗ることができたのは、とてもいい影響があったんじゃないでしょうか。
久我一郎を演じる八代(拓)くんとは、彼がまだ新人だったころから仕事をしていると思います。普段僕がお願いするキャラクターより、他の現場では体格がガッチリしたようなキャラクターを演じていることも多かった印象があるのですが、それもあってか最初は一郎がちょっとしっかりしすぎてしまっていたんです(笑)。トライアンドエラーを何度も繰り返してくれて、一郎というキャラに彼の芝居が自然にハマっていきました。
五色しおりを演じる和久井(優)さんは、ご一緒するのは初めてでしたが、芝居に対して好奇心が強く、勉強熱心な役者さん。オーディションの時に声を聞いて「特殊な生い立ちを持つキャラに合う声質だな」と感じました。和久井さんの声なら、しおりの世間知らずなところや、新しい感情に素直なところが、あざとくならずに視聴者の方に届くなと。収録を進めていくと、すごくいいハマり方をしましたね。
クライマックスの一郎やしおりにとって大事なセリフは、八代くんも和久井さんもそれぞれ苦労しながら大切に演じてもらいました! とはいえ、視聴者のみなさんには、見ている間、素直にキュンとなって自然と笑顔になってもらえたらうれしいなと思っています。
原作の雨隠ギド先生がアフレコ現場を見学してくださったんですが、喜んでいただいたようで、すごくうれしかったです。雨隠先生が「この作品に音がついたらこうであってほしい」と思っているものを、完全再現しているかはわかりません。ですが自分たちとしては、原作ファンのみなさんにも喜んで見てもらえる作品になっていると思っています。楽しんでもらえるとうれしいです。